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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2871号 判決

控訴人

株式会社日野ビル

右代表者代表取締役

日野壽夫

右訴訟代理人弁護士

石川利男

被控訴人

国新興業株式会社

右代表者代表取締役

高野為雄

主文

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の貸室を明け渡し、昭和五八年一月二九日から右明渡しずみに至るまで一か月金四六万円の割合による金員を支払え。

三  被控訴人の控訴人に対する賃借権確認の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立て

一  控訴人

主文と同旨(附帯請求の始期につき、予備的に「昭和五八年一一月一九日から」)及び第二項につき仮執行の宣言(請求を減縮)

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり訂正・附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する(但し、原判決七枚目表九行目から同八枚目裏八行目まで及び同九枚目表二行目から同一〇枚目表三行目までをいずれも削除する。)。

一  控訴人の主張について

1  原判決四枚目表末行に「六年後の昭和五七年」とあるのを「二年後の昭和五三年」と、同枚目裏二行目に「念書を差入れた。」とあるのを「念書(甲第二号証)を差入れた。そして、右念書記載の期間は、その後の賃貸借契約の更新に伴い、四年、六年と書き改められ、昭和五七年一〇月四日まで延長された。」と、同四行目に「その旨」とあるのを「従前約束した期限である昭和五七年一〇月四日までに貸机業をやめる旨」とそれぞれ改める。

2  原判決四枚目裏五行目から八行目までを次のとおり改める。

「3 そこで、控訴人は、右期限である昭和五七年一〇月四日経過後被控訴人に対し、本件貸室を貸机業に使用することをやめるよう口頭で催告した。」

3  原判決五枚目表七行目に「そのころ」とあるのを「右各同日」と、同八行目から九行目にかけて「本訴請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。」とあるのを「本件貸室の明渡し及び本件賃貸借契約終了の日の翌日である昭和五八年一月二九日、予備的に同年一一月一九日から右明渡しずみまで一か月金四六万円の割合による約定損害金の支払を求める。」とそれぞれ改める。

4  いわゆる貸机業なるものは、ビルの一室等の占有権原を有する者(所有者、賃借人等)がその室内に相当数の机を置き電話を設置し、これを第三者(会員などと称する)に有料で使用させることを主な内容とするものである。この場合、室内の特定の机につき特定の会員に専用の使用権限を認めると共に、貸机業者側で事務員を置いて、外部よりの会員に対する電話の応対(一般に会員の社名等を称して行う)及び会員宛の郵便物の受領等のサービスを提供するものである。右貸机の利用者(会員)は、机一つあれば仕事ができる業態の小規模な個人業者、定まつた連絡場所、執務机さえあればよい外回りの業者等であり、経済基盤が比較的脆弱な者が少なくないことから、取引関係その他においても問題を生じやすく、ビル所有者としては、多数の利用者と直接の接触がないためビル管理上困難がある。また、ビルの中に貸机業者がいる場合、当該ビルの品位を損い、他の貸室に優良な賃借人の入居を確保することが困難となることが少なくない。

更に、貸机業におけるいわゆる会員は、貸机業者の占有の単なる補助者にとどまらず、独立の占有者であるかのような主張を行いかねないのであつて、仮に家主が貸机業者に対し明渡しの債務名義を得ても、これをもつて右会員に対し執行をすることができるか疑問視されかねないのみならず、これら会員に対し家主が別訴を提起するにしても、家主としては、多数の会員の住所、氏名すらも分からないことから、非常な困難を伴うなど、貸机なるものは、単なる転貸の場合よりも複雑で、家主に不利な権利義務関係を生じさせるものというべきである。被控訴人は、本件貸室内に約二二個の机を置き、そのほかに室内の一部を間仕切りした個室七室と共用の応接室一箇所を設け、電話約一八本を架設し、被控訴人の雇用する女事務員一名及び被控訴人代表者の計二名で会員に対する電話の応対等のサービスを行つている。

以上の次第であるから、被控訴人が本件貸室において貸机業を営んでいることは、明らかに本件賃貸借契約における賃借人の用法違反に該当するものというべきである。

二  被控訴人の主張について

1  原判決五枚目裏一〇行目に「東京都庁」とあるのを「東京都」と、同六枚目裏六行目から七行目にかけて「右念書も四年、六年と更新されてきたのである。」とあるのを「右念書の二年の記載も四年、六年と書き改められてきたのである。」と、同七枚目表二行目に「認める。」とあるのを「否認する。」と、同三行目に「同4の事実も認める。」とあるのを「同4、5の事実は認める。」とそれぞれ改める。

2  原判決八枚目裏九行目から一〇行目にかけて「反訴請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。」とあるのを「被控訴人が本件貸室について、昭和五六年六月三〇日の賃貸借契約に基づく賃借権を有することの確認を求める。」と改める。

3  前記一4の主張はすべて争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

(本訴について)

一請求原因1の事実、すなわち、本件貸室を含む本件建物がもと公協ビルヂングの所有であつたところ、同社が昭和五一年九月二七日被控訴人に対し、賃料を月額金一九万五〇〇〇円、賃貸借期間を同年一〇月五日から二年間と定めて本件貸室を賃貸し、これを引き渡したこと、右賃貸借契約が昭和五三年一〇月及び昭和五五年一〇月にそれぞれ更新されたこと、控訴人が昭和五六年六月八日公協ビルヂングから本件貸室を含む本件建物を買い受け、同月二九日所有権移転登記を経たこと、そこで、控訴人が同年六月三〇日被控訴人との間で前貸主公協ビルヂングと被控訴人間の賃貸借残存期間(昭和五六年七月一日から翌五七年一〇月四日まで)につき、賃料を月額金二三万円、賃貸借の終了後賃借人が本件貸室を明け渡さないときは、賃料相当額の倍額の損害金を支払うと定めて本件賃貸借契約を締結したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、控訴人主張の用法違反を理由とする本件賃貸借契約の解除の成否について検討する。

1  右一に判示した事実に、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被控訴人は、氏家不動産株式会社の藤敏博の仲介により、公協ビルヂングの担当者内田敬男と交渉して昭和五一年九月二七日本件貸室を賃借したものであるが、その際の契約書には、使用目的として「不動産業務の事務所として使用する」と記載されており、公協ビルヂングとしては当然その旨了解していた。ところが、賃貸借契約締結後、被控訴人が施工する本件貸室の内部造作工事の様子を見て、内田は不審に思い、被控訴人に問い質したところ、被控訴人は、本件貸室でいわゆる貸机業を営むつもりであることが判明した。

(二) 貸机業なるものは、ビルの一室等の占有権原を有する者(所有者、賃借人等)がその室内に相当数の机を置き電話を設置し、これを第三者(会員などと称する)に有料で使用させることを主な内容とするものであり、室内の特定の机につき特定の会員に専用の使用権限を認めると共に、貸机業者側で事務員を置いて、外部よりの会員に対する電話の応対(一般に会員の社名等を称して行う)及び会員宛の郵便物の受領等のサービを提供するものである。このような貸室の利用者(会員)は、当然のことながら一般に、机一つあれば仕事ができる業態の小規模な個人業者、定まつた連絡場所、執務机さえあればよい外回りの業者等であり、取引先との間にトラブルを起こすことがままあり、また、賃借人が貸机業者の場合、家主としては、全く人的信頼関係がなく直接の接触の乏しい多数の者が自己所有のビルの一室に出入りすることになるので、法律関係の複雑化をもたらすのみならず、かかる貸机業を営む者がビルの一室を賃借していると、事実上当該ビル全体の品位を損い、他の貸室に優良な賃借人の入居を確保することが困難となるとして、これを嫌う家主が多い。

(三) 公協ビルヂングも、上記のような理由から被控訴人が貸机業を営むことに難色を示したが、被控訴人の懇請により期間を限つてこれを認めることとし、契約締結後の昭和五一年一〇月二二日被控訴人から、その第一項に「現在の貸机業務は賃貸借期間の二年以内とし、契約更新時には貴社と相談の上廃止するものとする。」との記載のある念書(甲第二号証。但し、年数を訂正する以前のもの)を差入れさせた。その後、右念書の第一項記載の年数は、賃貸借契約の更新(昭和五三年一〇月五日、同五五年一〇月五日)に伴い、「四年」、「六年」と書き改められ、右第一項の期限は、昭和五七年一〇月四日ということになつた(以上のうち、被控訴人が甲第二号証を差入れたこと、同号証記載の年数が「四年」、「六年」と書き改められたことは、当事者間に争いがない。)。

(四) 控訴人は、前判示のとおり昭和五六年六月八日公協ビルヂングから本件貸室を含む本件建物を買い受け、同月二九日所有権移転登記を経由し、被控訴人に対する賃貸人の地位を承継したが、翌三〇日あらためて被控訴人との間で、従前の賃貸期限である昭和五七年一〇月四日を期限とする本件賃貸借契約を締結した。右契約に先立ち、控訴人は、被控訴人が本件貸室で貸机業を営んでいることを知り、公協ビルヂング同様、前記(二)のような理由から貸机業を本件建物にふさわしくないものと考え、その廃止を求めたところ、被控訴人からその継続を懇請されたので、やむをえず右賃貸期限まではこれを認めることとし、契約直後の昭和五六年七月一日被控訴人から前記甲第二号証の念書とほぼ同一文言の念書(甲第五号証)を差入れさせた。その第一項は、「現在の貸机業務は本賃貸借期間内とし、契約更新時には貴社と相談の上、廃止するものとする。」となつている。

(五) そして、控訴人は、昭和五七年三月一一日被控訴人に到達した内容証明郵便で、同年一〇月四日の賃貸期限までには約束どおり貸机業務を廃止するよう予め要請するとともに、右賃貸期限の経過後被控訴人に対し、本件貸室を貸机業に使用することをやめるよう催告した。

(六) しかしながら、被控訴人は、右催告にもかかわらず、本件貸室において貸机業を継続した(なお、被控訴人は、現在も本件貸室を貸机業のために使用しており(この事実は当事者間に争いがない。)、本件貸室内に約二〇個の机を置き(会員数約二〇)、室内の一部を間仕切りした個室数個を設け、電話一三本を架設し、被控訴人の雇用する女事務員一名及び被控訴人代表者の計二名で会員に対する電話の応対等のサービスを行つている。)。

(七) そこで、控訴人は、昭和五八年一月二八日付準備書面により、被控訴人に対し用法違反を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面は右同日被控訴人に交付された(この事実は当事者間に争いがない。)。以上のとおり認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用することができず、そのほかに右認定を左右すべき証拠はない。

2 右に認定した事実によれば、本件賃貸借契約には、被控訴人において本件貸室を貸机業に使用してはならない旨の定めが存したものであり、被控訴人が約定の昭和五七年一〇月四日を経過した後も、本件貸室において貸机業を営んできたことは、本件賃貸借契約に定められた用法に違反するものである(ビルの一室の賃貸借契約において、貸机業を行つてはならないことを賃借人の用法義務として定めることは、前項(二)に認定判示したところに照らし、相応の合理性があるものと認められる。)から、本件賃貸借契約は、前項(七)の解除によつて昭和五八年一月二八日限り終了したものと認めるのが相当である。

なるほど、被控訴人が控訴人に差入れた念書(甲第五号証)の第一項には前認定のとおり「貴社と相談の上」という文言があり、同項全体の意味がやや明確さを欠くことは否めないところであるが、先に認定した控訴人が右念書を差入れさせた経緯、更に遡つて被控訴人が公協ビルヂングに対し甲第二号証の念書(その第一項にも右と同一の文言が存在する。)を差入れた事情を勘案すれば、同項の右文言から、控訴人・被控訴人両名の協議の一致がなければ被控訴人において貸机業を廃止する必要がないものとの解釈(それでは控訴人としてはこのような念書を徴する意味がほとんどないことになる。)を導き出すことは到底できないというべきである。被控訴人は、右各念書は、被控訴人において、貸机を利用する者の選定にあたつては、会員制を採用して貸主に迷惑がかからないように十分配慮し、万一利用者が貸主に損害を与えるような事態が発生した場合には、自己が損害賠償の責に任ずるとともに、貸主と協議の上貸机業を廃止することとする旨を約したものにすぎない、と主張し、被控訴人代表者は、当審における尋問において同旨の供述をする。しかしながら、たしかに、右各念書には、右被控訴人主張の利用者の選定、損害賠償責任の点について別途規定されているが、これらの規定と前記第一項との関係は右各念書上何らこれをうかがうことができず、文理上からいつても被控訴人の右主張にはにわかに左袒することができない。結局、前記「貴社と相談の上」とあるのは、これを合理的に解釈すれば、貸机業廃止の具体的方法等について協議する趣旨、ないしは、もしも契約更新時の協議において合意に達すれば、貸机業の継続、あるいは何らかの条件を付しての継続等もありうるとの余地を残す趣旨の文言であるにすぎないものと解さざるを得ない。

三そうすると、本件貸室の明渡し及び本件賃貸借契約終了の日の翌日である昭和五八年一月二九日から右明渡しずみまで前認定の賃料の倍額である一か月金四六万円の割合による約定損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容すべきである。

(反訴について)

被控訴人の本件貸室について賃借権を有することの確認を求める反訴請求が失当として棄却を免れないことは、上来説示してきたところから明らかである。

(結び)

よつて、以上と異なる原判決中控訴人敗訴の部分を取り消して控訴人の本訴請求を認容し、被控訴人の賃借権確認の反訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官櫻井敏雄 裁判官増井和男 裁判官河本誠之)

物件目録

(一棟の建物の表示)

所在 東京都千代田区内神田三丁目二五番地四

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付七階建

床面積

一階ないし七階 九三・一七平方メートル

地下一階 九五・〇〇平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 千代田区内神田三丁目九番四の二

種類 鉄骨鉄筋コンクリート造七階建

床面積

一階 八〇・六四平方メートル

二階ないし七階 八六・六四平方メートル

のうち二階貸室(八五・九五平方メートル)

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